非日常茶飯事。

It is possible to hold out because it likes it.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
自分の中での1分は
とても長く感じたんだ。


-・・・「とある未来の話」


機械化世界とか
非人物社会とか

いろんな事を言うようになった世の中になってしまった。
時間の大切さだってほとんど忘れてしまった。
寿命だって今の技術なら伸ばすのは簡単だ。
金さえあればの話だが。


別に今の生活に苦を感じているわけではないけれども
なんか足りない気がしてならない。
産まれてきた命の大切さがこうも簡単に寿命が変えられてしまうのは
1日1日がありがたく思えなくなる。

出生の瞬間だってそう、今は過去の人間の遺伝子を組み合わせて人工的に受精卵さえ作ってしまえばあとは母体に似た環境を持つ機会に保存しておけば

命は誕生する。
そんな世界。

もう一度言うが、苦ではない。
でも堪能もしていない。

本来あったはずの「楽」は「機会」によって埋められてしまった。



「私達ってさ、モノでしかないのかな?」
ある女の子は言った。

ある男の子は言った。
「モノではないさ。」


続けて男の子は言います
「でも昔のような人間でもないね。」

中途半端、ってやつだ。
どこから人間の歯車がかみあわなくなってしまったのかはわからないが
今住んでいる奴らは
少なくとも過去のような人間ではない。

どんなにたくさん問題があったって
どんなに地球が危機にさらされていたって

人は生きていけた。
助け合ってたから。人と人が支え合ってたから。



「それが無くなってしまったとき、本当の終わりなんじゃないかな。」

「そうなのかもね。」


1分間の小さな時間に
過去を思う。

未来を思う。

「未来はまだ生きていますか?」



スポンサーサイト












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://syouyahome.blog62.fc2.com/tb.php/246-506f820d

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。